Soulmate

愛犬と過ごす日々の暮らし

父への想い

父の調子が良くなってきて、ビールを飲みたいと言ったらしい
だけど妹は断固ダメと言って飲ませてもらえないみたいです。

父は日頃から「死ぬ時まで酒を飲みたい」と言ってたくらいお酒が大好きです。特に日本酒が好きでした。
去年の5月頃から飲まなくなったのが、病気の始まりだったのかなと思います。

妹の気持ちもよくわかります。
飲酒をすることにより、進行が早くならないかと心配しているんでしょう。

だけど私はあと3ヶ月もしたら、だんだん食事も取れなくなってくるだろうから飲酒も今の内ではないかと考えてしまいます。

しかし父を四六時中みるのは、同居する母と妹なので私は強く言えません
家を出ている私は、娘だけどやはり部外者でしかないのです。

私は再婚をした父の連れ子です。
5歳でした。
子供の頃から父と母と妹家族の中に素直に入っていけずに少し距離がありました。
若い頃に嫁いで、私を育ててくれた母にはとても感謝しています。

でも父が亡くなってしまったら、ますます距離が遠くなり実家に戻らなくなると思います。
だから父は特別で、唯一の肉親だと思っています。

生涯を終える前に親孝行をしたい思いは強くありますが、今は望まれる事だけするのがいちばんだと思っています。

病院に連れて行ったり、食べたい物を持って行ったりです。
今は、それが父への親孝行と割り切っていくしかないのです。

父が居なくなっても私はひとりではありません
主人や娘家族、そしてアトムが居ます。

マックス8回目の月命日

去年の今頃はマックスはどんなふうに過ごしていたのかとブログを振り返っていました。

元気なマックスを見ると、本当に3ヶ月後にこの世を去るとは信じられません
でも運命だったのでしょう

この頃、だんだんアトムがマックスに似てきて懐かしいような悲しいような気分になります。

マックスと違うのは悪さの仕方、家中の柱や家具のがボロボロになります。
それと食欲が半端なく、マックスはあげるまで食べなかったのですが、アトムは取ってでも食べたいのです。

性格も気を使ってばかりのマックスと違い、アトムは我が道を行くです。
マックスには無かった強さを感じます。

まだまだ家の中にマックスが居るようで、いろんな場所で姿を思い出します。会いたいね。会いたいよマックス!


5ヶ月のマックスとアトムです。似ています。

残りの余生を家族と楽しく

父のMRI検査の結果が出ました。

やはり肝臓に数カ所転移しているそうです。
今、抗がん剤治療をするとやっと回復してきた体力と食欲を失ってしまい寿命を延ばせても寝たきりになってしまうかもと主治医の先生に言われました。
妹と話して残りの余生を好きなように過ごしてもらうことにしました。

父は少しずつ元気になって喜んでいます。
良いことなのか、説明を聞いても忘れてしまうので病気だとわかっていません
母にも父の体調が悪くなってきたら話そうと思っています。

まだこれといって症状がありませんから、今の内に楽しい思いをたくさんさせてあげたいです。

楽しくてもすぐに忘れてしまうかもしれません
それでもその時に父の笑顔を見れたならヨシ!にします。

父は犬が好きだからアトムに会わせてあげたいと思っています。

初めての雪

10年に1度の寒波がやって来て、九州でも気温がー4度で雪が積もりました。

初めて見る雪にアトムは嬉しいのか
を食べまくっていました。
そんなに食べたらお腹壊すよと心配になりました。

レオは雪の日も必ず散歩に行っていた。
マックスと雪の写真を探したけどなかった。
3年間では雪の日はなかったのかな?
マックスにも雪を見せてあげたかったなと思いました。

アトム、10年に1度の寒さだから、10年後もまた一緒に雪を見ようね

主人の還暦

私より3歳年下の主人が還暦を迎えました。
本人は60歳になった実感がないみたいです。

私が年上だったので、20歳で結婚をして遊びたい盛りを家族のために仕事に費やしてくれました。

一人っ子の主人は母親が甘やかして育てたので、何でもしてもらえるのが当たり前と思っています。

結婚して母親が私に代わっただけに
なっていました。
家事はもちろん育児もまったくしませんでした。

ただ私が入院した時にマックスの世話はしたので、マックスとの別れはかなり辛かったようです。

そんな主人も60歳になり、定年退職を今月末に迎えます。

後5年間は契約社員で勤めますが、趣味もなくインドア派だから仕事を辞めてしまった後は、何をして過ごすのかなと心配しています。

アトムが居てくれる事が主人の支えになるのかもしれません。

娘達が素敵なディナーを予約してくれて、娘達家族全員で主人の還暦をお祝いしてくれました

父の退院

先日、胆道閉鎖症で緊急入院となった父が経過良好で退院してきました。

担当医からの説明の時、父と私で話を聞きました。
胆道閉鎖症は改善に向かっていますが、やはり膵臓の腫瘍は悪性で肝臓に転移の可能性があると言われました。

恐るべき膵臓癌
2か月前までまだ小さくて良性と判断されていたのに、癌化した途端に猛威をふるいあっという間に父の身体を蝕んでいってしまった。

父は説明を聞いても理解出来ているのか分からない
例え理解出来てたとしても翌日には忘れてしまいます。

退院が決まって喜ぶ母には、病気の事を告げれなかった。
これからの闘病生活を支えていくのは母がいちばん辛いだろうから、せめて今だけでも悲しませたくなかったのです。
妹や私の家族には伝えました。

これからが本格的な闘病になっていく
抗がん剤治療を出来たとしても、多分余命を少しだけ延ばすだけしか出来ないのだろう
まして父が自分の病気を忘れるから、治療に対して向き合えるのだろうかと不安もあります。

好きな事をさせて残りの時間を過ごさせてあげたい思いと、治療を受けて1日でも長く生きていて欲しいという思いがあります。

今は少し元気になって、食欲も出てきたので
退院おめでとうと言ってあげたい。

アトムはすくすく育っています。

父の入院

年が明けてから、急に具合が悪くなった父

糖尿病のかかりつけ病院の診察に連れていきました。
肝機能数値が異常に高くて黄疸も出ていました。

担当医の先生はすぐに膵臓腫瘍を検査した大きな病院に紹介状を書いてくださり受診しました。

前回、良性と判断された腫瘍が2ヶ月で大きくなって胆道を塞いで黄疸が出ていました。すぐに入院して胆汁が流れるようする事になりました。

コロナ禍で病室に入れないので、家事とかいっさいしてこなかった父には、すべて一人でやらないといけないので大変だろうと思います。

肝機能が悪くなっているので、食欲もなくかなり体が辛い状態ですから不安もあるでしょう。

それに軽い認知症もあるので、さっき言われ事やした事を覚えられません
検査の説明をされても何故検査しないといけないのかと看護師さんや担当医を困らせています。

良性だろうと言われていた腫瘍は、短期間で大きくなったので悪性と判断されました。
膵臓癌だから高齢でも進行が早くて、糖尿病に腎機能も悪くなってきていましたから、手術も抗がん剤治療も無理でしょうと告げられました。

母はショックを受けてしまいましたが、今はとにかく黄疸を治して自宅に帰れるようにしてあげたいです。
それからの事はその後に考えて、父がいちばん望むように出来るだけしてあげたいと思っています。

綺麗な朝焼けです。