Soulmate

愛犬と過ごす日々の暮らし

幼き頃の写真

私の幼い頃のアルバムは、ところどころ剥がされいます。

両親が離婚した時に
父が実母の写真を処分してしまったのだと、私はずっと思っていました。

先月、実母が今年の5月に逝去したと連絡が届きました。

晩年は認知症を患い、長い間施設で療養をしていたのでしょう。
何も知らされなかったのは、その方が私の存在を知らなかったから
戸籍を調べてわかったそうです。

実母の遺品の中に幼い女の子の写真がたくさんあって、子供さんが居たんだと気づかれたようです。

父が処分したと思っていた写真は、
4歳で別れてから62年間
実母は大事に持っていてくれた。

私の知らない実母の人生
でも愛情を感じる話を聞いて
ありがたいと涙が溢れました。
せめて亡くなる前に一度会いたかった。

写真は送ってくださるそうで、
記憶にない私の過去や実母と過ごした時間が見れる事は楽しみです。

実母の眠るお寺も教えて頂き
お彼岸に実母のお墓参りに
行ってみようと思っています。

主人の再、再就職

主人が再就職の仕事を6月いっぱいで辞めて1ヶ月半が過ぎました。
1年は勤めました。
元々不器用なので細かい作業は合わなかったようです。

辞めてからすぐ仕事を探しましたが、63歳からの就職はなかなか厳しいのが現実です。

本人はまだ若いつもりで、仕事はすぐに見つかるだろうとたかをくくってたようです。

長年、肉体労働をしてきたので体力はある方ですが、一般的には60歳過ぎてる人材は体力のいる仕事だ無理だと思われて面接前から断られてしまいます。

実家の母にいずれは毎日2人で家にいる生活になるのだから言われので、私は隠居生活が少し早めに来たと思うようにしました。

でも主人は仕事人間だったので、
ほとんど家でやる事がありません
1ヶ月半、テレビの番をしている感じでした。

働く意欲があっても働き先が無い
人手不足と言われながらも、高齢者には就職先が無いみたいです。

そんな中で今までの仕事内容から離れて、違う職種を選んでみました。
いわば誰でも出来る単純作業です。
そしたら採用されて仕事に行ける事になりました。

長い夏休みは終わりです。

65歳で雇い止めなので1年と少しの勤務になります。
慣れない仕事でまた大変だと思いますが、最後の仕事と思って頑張っていただきたいです。

これからの人生が長いか短いかは分かりません
でも今を生きる術を見つける必要はあると思っています。

アトム4歳になりました

8月10日はアトムの誕生日です。
4歳になりました。

3歳で亡くなったマックスの年齢を超えました。
おとなしかったマックスとは見たかった景色とは少し違う気がします。

大型犬にしては成長が遅いのか、今だにヤンチャでかまってちゃんです。

レオとマックスとは大違いで、とにかくじっとしていません
歳をとって振り回される毎日で、体力がいります。

カッパを着ての散歩です。

先日、ヘビに噛まれた事以外は元気で、弱かったお腹も今年になってからは良くなりました。

食べること、遊ぶことが大好きで
おもちゃのボールは必需品です。

これからも元気はつらつに過ごしくてくれればと願います。

誕生祝いのステーキです。
ヘビに噛まれた腫れも治りました。

アトムヘビに噛まれる

熊本地震の時に我が家も震度4の揺れがかなり長く続いた。
10年前も思ったけど、揺れの間は体がすぐに動かないんだなぁ
考えてじっとしてしまいます。

アトムは初めての大きな地震でパニックになり、ウロウロして落ち着かない、外に逃げる時に捕まえられるのかと問題を認識しました。

あれから毎日のように余震があり、1日1回は携帯の緊急速報で震度3の知らせが鳴る。
その度にアトムは逃げ回る。

そんな中、まだ薄暗い早朝にウッドデッキに出るのがアトムの日課で
その日もいつも通りに出たが、すごい吠え方をして中に入って来た。
猫でも居たのかなと思っていると
アトムの鼻に二箇所の傷から出血していて、痛いのかじっと伏せていた。

するとみるみる腫れて来て、何故と私は大慌て食欲も落ちてこんなアトムは生まれて初めてでした。
動物病院に連れて行くと、先生がヘビに噛まれたんだねと言われた。

毒ヘビだと大変らしい
犬は人間より毒ヘビには強く、命に関わる事はまれだけど、腫れあがり気道を狭くしてしまうと危ないと言われた。幸い薬が効いてそれ以上は腫れあがらなくて良かった。

翌る日の早朝、アトムをウッドデッキに出す前に灯りを照らして見てみたら、ヘビがトグロを巻いて寝ていた。暑いのでウッドデッキに上がって来たのだろう
このヘビに顔を近づけて臭いを嗅いだところを噛まれたみたい
急いでヘビ避け剤を買って来てウッドデッキの周りに撒きました。

どうかもう現れませんように

さくら庭に眠る

黒猫のさくらが逝ってから何度となく気配を感じていた。

でもさくらの四十九日の日に
いつも餌を食べていたテーブルから降りるさくらの足音が聞こえた。
それはお別れだねと言っているように思えた。

さくらは20年近く我が家で暮らして色んなことを見てきた

娘達が学生から社会人になり、そして結婚して旅立った日

孫の誕生から成長して行く姿、
孫達は17歳と15歳と13歳になりました。

同じ年を重ねたレオの12年の生涯と最期

3年しか生きなかったマックスの犬生と最期

私の喜びや悲しみ
いつもただ側に居て見守ってくれた。

居て当たり前の存在だったので、居なくなった寂しさはなかなか消えません。

それでも出会えた事に感謝しています。

レオやマックスは火葬をしましたが、私が拝読している方のブログに
愛犬のお花畑が素敵で真似て
さくらは自宅の庭に埋葬しました。

大好きだった庭先でこれからも
私達を見守ってね。

猫の居ない生活

さくらが逝ってずっとさくらの事を考えています。

初めて猫を飼ったのは35年前でした。家の近くで鳴いていた真っ白な子猫を見つけたからです。

独身の時から猫は好きでしたし、娘達の情操教育に良いかなと思い飼う事にしました。

それから猫が猫を呼ぶのか、次から次へと子猫に出会い途切れることなく35年間猫が居ました。

メスの子猫もいましたから、我が家で出産もして多い時で5匹飼っていた頃もありました。

大人になって、オス同士の縄張り争いで、家を出ていく猫もいました。

メス猫は子猫の親離れの為にやはり出て行きました。

実家に生まれた子猫を引き取ってもらったりして

結局、我が家で最期を迎えたのは、最初の白猫とその息子の茶トラと黒猫とさくらの4匹です。

ずっと猫と暮らして来て、猫の居ない生活は不思議な感じです。

今でもコタツの中やいつも寝ていた場所にさくらが居る気がします。

寂しいですけど、もう猫を飼うつもりはありません
さくらの様に長生きしたら、最期まで側に居てあげる責任を果たせないといけないので

さくらがお空に旅立ちました。


黒猫🐈‍⬛のさくらが、2月17日の夜に亡くなりました。

19歳と3ヶ月でした。

大きな病気もせずに元気でしたが、
風邪をひいたのか14日から食べなくなってしまいました。

高齢猫で食べてもなかなか身にならず痩せていましたので、食べないと体力が一気になくなります。

月曜日に動物病院に連れて行き、点滴と注射をしてもらいましたが、帰宅してからは寝たきりになってしまいました。
水も飲まなくなり、意識もうろうで寝ていました。

苦しむことはなく寝たまま逝きました。

長年、我が家を見守ってくれて
レオやマックスとも一緒に過ごして
2匹が亡くなった時も励ますように側にいてくれました。

アトムと相性が悪く、嫌っていましたね。(笑)

ありがとう
安らかに眠って下さい
レオとマックスと会えたら
宜しくね。